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静岡地方裁判所 昭和43年(タ)9号 判決

原告 矢崎正行

被告 松島正顕

主文

原告が被告の子であることを認知する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、請求の原因として、「訴外矢崎とみ子(原告の母)は、昭和二四年六月一三日から、静岡市内の飲食店「あなごや」に女中として働き始めたが、働き始めて二、三日した頃被告と知り合い、以来肉体関係を続けるようになつた。そして、その結果同年九月上旬原告を懐胎し、翌昭和二五年五月六日これを出生した。そこで、原告が被告の子であることの認知を求める。」と述べ、被告主張の本案前の抗弁に対する答弁として「原告がその母訴外矢崎とみ子を法定代理人として被告に対して昭和二〇年代に認知請求の訴を提起し、第一、二審とも勝訴判決を得、上告審において訴の取下をしたことは認める。しかし、認知請求の訴においては真実が尊ばれるべきであり、また、本件においては、前訴は、原告が四才位の時のことで専ら法定代理人たる訴外矢崎とみ子の意思によつたものであるのに対して、本訴は、原告自身の意思によるものであるから、前訴と本訴とは民事訴訟法二三七条二項の「同一の訴」に該当しない。従つて、本件訴は却下さるべきでない。」と述べた。

二、被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として「原告は、その母訴外矢崎とみ子を法定代理人として、昭和二〇年代に静岡地方裁判所に被告を相手として認知請求の訴を提起し、一審勝訴の判決を受けた。被告はこれを不服として控訴したが、第二審でも被告は敗訴となつた。しかし、被告は更にこれを不服として最高裁判所に対して上告の申立をした。そして、右事件が最高裁に係属し、その審理中に右原、被告間に和解が成立し、同三一年二月一日に原告は右訴の取下をした。従つて、民事訴訟法二三七条二項により、本件訴は不適法なものとして却下さるべきである。」と述べ、本案に対する申立として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁として、「請求原因事実中被告と原告の母訴外矢崎とみ子との間に肉体関係のあつたことおよび原告出生の日時は認めるが、その余の事実は否認する。訴外矢崎とみ子は、被告の他にも多数の男性と肉体関係があり、その間に数人の子女が生れている。したがつて、被告と矢崎とみ子との間に肉体関係があつたからといつて原告が被告の子であるとは限らない。」と述べた。

三、立証〈省略〉

理由

一、被告主張の本案前の抗弁について

弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第三、第四、第六号証、公文書なので真正に成立したものと認められる甲第五、第一二号証、証人矢崎とみ子の証言および被告本人尋問の結果によつて成立の認められる乙第一、第二号証、ならびに証人矢崎とみ子の証言および被告本人尋問の結果を総合すると、原告はその母矢崎とみ子を法定代理人として、昭和二八年八月三一日に被告を相手どつて認知の請求の訴を提起し、その結果第一、二審とも原告が勝訴したが、右の訴訟が上告審に継続していた昭和三一年一月二八日に両者間に和解が成立し、金四〇万円を原告が被告より受領して原告は右訴の取下をしたことが認められる。

そこで、まず認知請求の訴についても民事訴訟法二三七条二項の適用があるか否かについて検討する。この点について被告は、右規定は通常訴訟事件ばかりでなく人事訴訟事件についても適用がある旨主張する。しかし、実体法的に見て認知請求権は放棄を許されざる権利であり、そのことは認知請求の訴においては特に真実が尊ばれるべきであることに由来すると解されるが、そうだとすると訴訟法的に見ても再訴の禁止による制裁は真実にもとづいて身分関係を確定しようという公益上の要求の前には後退していると考えるべきである。そうでないと放棄のできない請求権について放棄を認めたのと同じ結果になつてしまう。従つて、被告の右主張は採用できず、民事訴訟法二三七条二項の規定は認知請求の訴には適用がないと解する。

よつて、その余の争点について判断するまでもなく被告主張の本案前の抗弁は理由がない。

二、本案についての判断

(一)  公文書なので真正に成立したものと認められる甲第一、第五、第一一、第一二号証、乙第六、第一四、第一六、第一七号証、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一〇号証および証人矢崎とみ子の証言ならびに被告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

1  原告の母訴外矢崎とみ子は、昭和二四年六月に静岡市内の飲食店「あなごや」に女中として働くようになつたが、働き始めて数日して客として来店した被告と知り合い、肉体関係をも持つようになつた。そして、同月末日頃より被告が同人のために買求めた静岡市青木町の家屋に居住するようになり、被告から同年九月まで毎月約一万円の生活費の支給を受け、月に平均約七回位同人を訪れる被告と少くとも同年九月頃までは肉体関係を継続していた。

2  右肉体関係が継続していた八月下旬から九月上旬の間に矢崎とみ子は原告を懐胎し、翌昭和二五年五月六日、出産予定日より一月早く原告を出産した。

3  原告と被告とは血液型、指紋、掌紋、趾紋、足紋、人類学的相似性のいずれの見地から検討しても、親子であることに何らの矛盾がなく、むしろ、親子であることの高度の蓋然性があること。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。もつとも、被告は矢崎とみ子が原告を懐胎した当時同人は被告以外の多数の男性と肉体関係があつた旨主張するが、この点に関する乙第五、第六、第一〇、第一一、第一三、第一四号証および被告本人尋問の結果は、いずれも推測ないし伝聞を内容とする供述であつて乙第一七号証と対比しても必ずしも信用できないし、他に被告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

(二)  右の事実によれば、原告は被告の子であると認めるのが相当であり、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水上東作 山田真也 三上英昭)

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